最初の砦として命に向き合う—救急科医の使命 中村壮史

救急科医師 中村壮史

私は伊佐市の大口出身です。地元の大口中学校を卒業し、スクールバスで通えることもあって第一高校に進学しました。公立中学からの入学でしたが、同級生はみんな優しく、自然に溶け込むことができました。文化祭や体育祭も楽しかったことを覚えています。

空手の授業やサッカー部の練習を通して「地味でも基礎を積み重ねることの大切さ」を体で覚えた気がします。これが後の医師としての忍耐力に確実につながっています。医学を志したのは、高校2年の時、担任の重満先生に「医師を目指してみたら」と言われたことがきっかけでした。スポーツに関わる理学療法や柔道整復師に興味がありましたが、「医師になればスポーツドクターなどの選択肢が広がる」という言葉に背中を押されました。

1年浪人生活を送りましたが、「基礎を大事に」という空手・部活動の経験と重満先生の言葉を胸に勉強を積み、鹿児島大学医学部に合格しました。

大学では、次第に救急医療に惹かれていきました。当時人気だったドラマ「コード・ブルー」に影響を受けたことも大きいです。命の瀬戸際にいる患者様と向き合う医師の姿を目にし、「どんな状態でも最初の砦として立てる医者になりたい」と思うようになりました。

現在は鹿児島大学病院の救急科に所属し、救急車の受け入れや集中治療室での重症患者対応、ドクターヘリの乗務などを経験しました。夜勤は16時間にも及びますが、緊急搬送される方の命を預かる責任を思うと気が引き締まります。ときには目の前で看取りをすることもあり、患者様とご家族の感情に寄り添うことの大切さを強く感じます。

災害時の医療支援(能登半島地震)にも参加し、医療資源の偏りや地域医療の課題も身に染みて感じています。だからこそ、「最初の判断役」になることに使命感があります。救急医の存在が、その後の専門科に繋ぐための”入口”として機能することで、患者様とご家族の安心に直結すると信じています。

最後に現役生へ。若さは武器です。やりたいことを見逃さず、今できることに全力で取り組んでください。遠回りしてもいい。道が変わってもいい。第一には生徒一人ひとりの個性を尊重し最大限にサポートしてくれる環境が整っています。選んだ道を正解にする力は、自分の中にあります。