カゴシマニアックス代表 中園信吾
小学生の頃、指宿から牧園へ引っ越しました。鹿児島第一中学校に入学したのは、開校間もない2期生の時です。まだ何もかもが新しく、自分たちで何かを始められるような空気がありました。中学では新設されたバスケットボール部の1期生になり、高校の文化祭では、自由な発想で楽しむ先輩たちの姿に刺激を受けました。
第一には、いろいろな個性を受け入れてくれる雰囲気があったと思います。スポーツに打ち込む人もいれば、ゲームやパソコンに夢中になる人もいる。それぞれが好きなことを楽しんでいて、少し変わった趣味を持っていても、特別なことではありませんでした。
そんな私の人生を大きく変えたのが、中学生の頃に出会ったインターネットです。当時の牧園には本屋もなく、身近に得られる情報は限られていました。ところが、パソコンを開けば東京のことも、世界のことも知ることができる。しかも、会ったことのない人と交流までできる。その衝撃は、今でも忘れられません。
独学でホームページの作り方を覚え、中学3年生の時に好きだったGLAYのファンサイトを開設しました。Yahoo! JAPANのカテゴリーにも掲載され、全国のファンとつながることができました。
高校時代は夜11時から始まる「テレホーダイ」の時間が楽しみでした。インターネットの世界に入り込むと、画面の向こうには自分の知らない世界がどこまでも広がっていました。
その分、勉強はおろそかになり、大学受験では浪人を経験しました。ただ、高校3年生の頃から勉強法そのものに興味を持ち、成績が伸びる面白さも知りました。1年間の浪人を経て、広島大学経済学部に進学しました。
卒業後は学習塾の講師になり、その後は司法書士事務所でも働きました。法律の仕事にも学ぶことは多かったのですが、一字一句の正確さを求められる世界よりも、自分の発想を生かせる仕事が向いているのではないか。そんな思いが少しずつ強くなっていきました。
その頃、趣味で書いていた鹿児島のカレー店や飲食店のブログを面白がってくれる人たちがいました。自分が見つけた面白いものを紹介すると、それを読んだ誰かが喜んでくれる。中学生の頃、初めてホームページを作った時の楽しさを、もう一度思い出したような気がしました。それに「このままでは何者にもなれない自分」に焦りに似た感情もありました。そこで、2014年頃から本格的に取り組んだのが、地域情報サイト「カゴシマニアックス」です。
鹿児島建設新聞で営業や編集の仕事を経験しながら、サイトの運営を少しずつ広げていき、ラジオ出演や情報誌での連載など、表に出る仕事の依頼をいただいた頃に独立しました。
今ではグルメに限らず、鹿児島の街で見つけた面白いものを幅広く紹介しています。SNSや動画の普及で情報の届け方は随分変わりましたが、自分が面白いと思うものを、自分の視点で伝えたいという気持ちは変わりません。
これからは、街の出来事を紹介するだけでなく、地域の人たちと一緒に新しい話題を生み出すメディアにもなりたいと思っています。
牧園の自宅で、夜11時を待ちわびながらパソコンに向かっていたあの頃には、それが自分の仕事になるとは思ってもいませんでした。でも、振り返ればずっと同じことをしているのかもしれません。今も変わらず、自分が見つけた面白いものを誰かに伝えたい。時代が変わっても、年齢を重ねても、その気持ちを大切にしながら、ずっと鹿児島の面白さを追いかけ続けていたいと思っています。
鹿児島の「面白い」を見つけて伝え、生み出す 中園信吾

